韓国での近視矯正手術体験記

韓国在住の日本人男性Sさんが手術の体験記を書いてくれました。
文中で「筆者」はSさんのことです。体験記に感謝します。めだまカフェ平野(2003)

このページ内容
◆まえがき
◆韓国で手術を受けることについて
◆手術の概要
◆検査結果は「LASIKに適さない」
◆M-LASEKを受けると決めるまで
◆手術当日と術後の経過
◆参考にした主なサイト


韓国での近視矯正手術体験記 まえがき
手術日 2003年2月7日
手術方法 M-LASEK(PRK、LASEKの改良版)
執筆日 2003年4月7日
 韓国に在住する筆者(男性、35歳)は、近視矯正を専門とするソウル市内の眼科で、M-LASEKという近視矯正手術を受けた。M-LASEKは、術後に角膜混濁が発生するのを防止するため、希釈したマイトマイシンをレーザー照射後の角膜表面に塗布するもので、まだ一般的な手術法とはいえない。「めだまカフェ」運営者の平野直彦さんがインターネットで検索したところ、世界中で関連論文が7本あったという程度の手術法だ。

 手術を受けて2カ月の現時点で、私は手術結果に満足しているし、日常生活において何も不便は感じていない。私は、手術を受けるまで相談にのってくれた平野さんの依頼を受け、近視矯正に関心を持つ人の参考になれば、と体験記を書いている。「受けた方がいいよ」と勧めるためではない。手術後の満足度は数値化できるものではなく、私が満足だと思うレベルでも不満に思う人がいるだろう。私の記録は、素人の体験記にすぎず、一般化できない話が入っている点に注意してほしい。

 手術を受けると決断するにあたっては、平野さんと、自らのLASIK体験記をホームページで公開している眼科医の峰村健司さんから、とても貴重な意見をいただいた。お二人にはとても感謝している。

 なお、この記録は、LASIK,LASEK,PRKに関して、基本的な知識があることを前提に書かれている。これらの知識は「めだまカフェ」などで入手可能なので、参照していただきたい。


韓国で手術を受けることについて
 韓国では、LASIKなどの近視矯正手術が日本より身近なものと認識されている。正確な統計数字は知らないが、ソウル市内の繁華街を歩いていると近視矯正専門の病院をいくつも見かけるし、各病院での施術件数も日本での平均より多いようだ。私が手術を受けた延世アイセンターでは、年間500人程度が手術を受けるということだった。全国でのこれまでの手術件数の累計は数十万件といわれる。

 近視矯正手術が日本よりポピュラーな理由のひとつは、日本より認可が早かったことがある。だが、それだけではなく、よく言えば積極的にリスクを取る、悪く言えば、リスクを軽視する傾向のある韓国の国民性による部分が大きいと、私は思う。この気質は、非常に慎重な日本人とは全く違う国民性である。ただ、最近は手術件数が増えてきたことに伴ってか、後遺症や失敗に関する報道も目立つようになっており、「少し怖い」という感想を持つ人が多くなっている。先日放送されたテレビの情報番組で指摘されていた後遺症(失敗)は、薄くなった角膜が眼圧に耐え切れなくなって起こる「角膜突出」(keratoectasia、日本では「角膜拡張症」と呼ぶ)や、ものが二重、三重に重なって見えるダブルビジョン、トリプルビジョンだった。私が手術前に集めた情報に基づいて推測すると、経験の少ない医師が無理に施術した結果なのだろう。それなりの経験と慎重さを持った眼科専門医が手術を行うなら、回避することが出来る問題が多いのではないかと感じた。

 インターネットで調べてみると、韓国の医師は一般的に、日本より多くの件数をこなしているから手術自体は上手だと紹介されていることが多い。確かにそうした面はあるのだろう。私も、自分の目を手術した医師の技術は信頼している。だが、2泊3日のツアーに参加して、韓国で近視矯正手術を受けるというアイデアには感心しない。私の場合、LASIKを受けようと思って検査を受けたら、「LASIKは出来ないから、PRKを改良したM-LASEKという別の手術法にしなさい」と言われた。しかも、その手術法は「術後に痛みがあるから3日間は仕事を休め。できれば、その後も1〜2週間は仕事が忙しくない時期を選んで受けてくれ」ときた。2泊3日のツアーでこんなことを言われたら対応できないし、医師の方も、それを意識して、LASIK手術をするかどうかの判断を甘くする可能性があるだろう。

 検査や手術の機器類は、日本と同じものを使っているようだった。結局、韓国在住者が、韓国で信頼するにたる専門医を見つけ、自己責任で手術を受ける決断をするのなら問題ないということになるだろう。言葉は、韓国語で十分なコミュニケーションが出来ればベストだが、韓国の場合、英語なら対応できる医師が多そうだ。日本語で対応できる医師や、日本語の通訳を置いている病院もあるという。私は韓国語オンリーだったが、私の手術を担当した医師は、米国人と思われる男性に英語で問診していた。「日本語しか出来ない患者が来たらどうするか」と聞いたら、「通訳を連れてきてもらうか、親父に応援を頼む」との答。70代後半という彼の父親は、植民地時代(韓国では「日帝時代」という)に日本語で医学教育を受けた元眼科医だそうだ。

 直接聞いてはいないが、私の担当医も、同じような意見を持っているように感じられた。初回の問診から韓国在住だと告げているにもかかわらず、彼は手術直前に「韓国には、あとどれくらい住むのか」と質問してきたからだ。私が「来年春まではいると思う」と答えると、彼は「それなら検査もうちでずっと出来るね」と話していた。

 なお、韓国ではLASIKを「ラシック」と読んでいる。


手術の概要
 私の視力は両目とも0・05程度の強度近視で、乱視もあるというものだった。手術直前に測った屈折度は、以下の通
りである。私が手術を受けた延世アイセンターではまだ「両目とも1・0に達しているか」という視力検査しかしていないが、手術の1カ月後に日本で受けた健康診断での視力は右1・5、左1・2だった。
<手術前の屈折度数>
SpH(近視) CyL(乱視)
右 -8.75 -1.00
左 -7.25 -1.25

 私が受けたM-LASEKという手術は、50ミクロンと非常に薄い角膜上皮をLASEKと同じ手順で除去し、エキシマレーザーを照射して角膜実質層を削った後、希釈した抗がん剤マイトマイシンを角膜表面
に塗布するというもの。マイトマイシンの塗布は、強度近視の際に発生しやすい角膜の混濁を防ぐためだという。その後、角膜表面
をよく洗い流したうえで、保護用コンタクトレンズを3日間装着する。角膜上皮でフラップを作るかどうかはケースバイケースとのことだった。実際には、「フラップを作っても弱くて取れてしまう可能性が高いから、除去してしまうことが多い」(私の執刀医)らしい。私も、角膜上皮は除去された。平野さんは「角膜上皮の除去方法が違うPRK」という感想を述べている。
 手術後数日は痛むと言われていたが、恐れていたほどではなかった。個人差が激しいのだろうが、私の場合、目にあわないハードレンズを入れているような感じだった。目を閉じていれば我慢できるが、目をずっと開けているのはつらいという程度だ。手術後3日間は、とにかく布団にくるまって横になっていた。その後の経過は、以前より太陽光をまぶしく感じる以外は、きわめて順調。毎食時と指示されている目薬の点眼をつい忘れてしまいそうになるのが、最近の困りごとといったレベルだ。


検査結果は「LASIKに適さない」
 私は昨年8月、韓国人の知人からLASIKを受けたと聞いて、近視矯正手術に関心を持つようになった。翌9月に出張で東京へ行った際にLASIK専門の眼科で適応検査を受けたら、「強度の近視なので、角膜をたくさん削る必要がある。レーシックを受けることは出来るが、角膜の残りが少なくなるので、矯正不足となっても再手術は難しいかもしれない」と説明された。

 11月4日、知人が手術を受けた延世アイセンターという近視矯正専門眼科で検査を受けた。日本で検査を受けた病院と同じく、とてもきれいで清潔な雰囲気。検査機器や検査内容は、日本で受けたのとほぼ同じだったが、ここでは「病院や医師によって判断が分かれるところだが、うちでは、あなたのような強度近視はLASIKをしない」と言われた。削る量
が多いため、残りの角膜が安全な厚さを確保できないからだという。東京での検査結果
を告げると、担当医は「あなたが検査を受けた東京の眼科より、うちの方が、安全性について厳しく見ているということだ」と話し、次のように説明してくれた。

 LASIKの場合、角膜上皮と角膜実質を含む150ミクロン程度のフラップを作り、その下の角膜実質をエキシマレーザーで削っていく。医師の説明によると、私の角膜の厚さは両目とも約530ミクロンだ。近視度数から、削るべき角膜の厚さをざっと計算すると110ミクロン程度。「残りの角膜」というのは、手術前の角膜の厚さから、フラップの分と削る分を引いたものを指し、私の場合は530-(150+110)=270ミクロンということになる。「残りの角膜」が270ミクロンというのは、LASIKをすべきかどうか意見が分かれる厚さだという。
 担当医によると、「残りの角膜」が薄い場合、眼球内部の圧力に負けて角膜がぽっこりと飛び出してしまう「角膜突出(角膜拡張症)」という後遺症が起こる可能性がある。この後遺症が出た場合、視力は再び低下する。しかも、眼鏡やコンタクトレンズによる矯正は難しく、最終的には、角膜移植しか治療手段がなくなってしまう。
 問題は、「残りの角膜」がどれだけ残っていれば問題ないかという絶対的な数字がないことだ。従来は、学会での報告などから「最低でも250ミクロンは欲しい」とされてきたが、これは「250ミクロン以下だったらダメ」という程度のレベルだ。同センターは数年前、経験則から導き出した独自の基準として「320ミクロン以下となる患者にはLASIKをしない」と決めた。海外では「325ミクロン以上残っている患者で、この後遺症が出たケースはなかった」という論文も発表されている。LASIKのフラップ部分は、残りの角膜と完全に融合するわけではないので、強度を計算する時には無視するのだという。
 延世アイセンターでは、私のようにLASIK不適応とされた患者に、PRKを改良したM-LASEKという手術を勧めている。LASIKのフラップは150ミクロンだが、PRKは角膜上皮の50ミクロンだけ。これなら私でも「残りの角膜」は、530-(50+110)=370ミクロンで十分な厚さを確保できることになる。だが、PRKにも問題はあるという。それは、術後に角膜表面
の細胞が異常増殖して「混濁」が起きる可能性が高いことだ。この危険はLASIKより非常に大きく、近視が強度であると、その危険はさらに大きくなる。

 担当医はここまで説明したうえで、その短所を克服するために考案されたM-LASEKの説明を始めた。Mは、抗がん剤マイトマイシンの頭文字だ。M-LASEKではレーザー照射後、角膜実質の表面
に希釈したマイトマイシンを予防的に塗布し、角膜表面の細胞が異常増殖することを防ぐ。角膜上皮をはがす方法はLASEKと同じだが、角膜上皮だけのフラップは弱くてすぐに取れてしまうので、除去してしまうことが多い。PRKで術後に混濁が発生した場合、マイトマイシンで処置することになるが、M-LASEKは希釈したマイトマイシンで予防的な処置をするものだという。
 ただし、M-LASEKには「痛い」という欠点がある。「最低でも3日間は休みが取れる時期。できれば1〜2週間は忙しくないという時期を選んで手術を受けた方がいい」という医師に、「突然仕事をせざるをえなくなったらどうなるのか」と聞くと、「痛くて仕事する気にならないだろうから心配しなくていい」という答が返ってきた。医師は「仕事の都合がついて手術が出来る時期になったら、1週間前に予約して下さい」と言って、説明を終えた。

M-LASEKを受けると決めるまで

 延世アイセンターでの検査後、LASIKを受ける気はなくなった。だが、M-LASEKを受けるかどうかは、大いに迷った。最大の理由は、医師の説明を100%うのみにしていいのかというものだった。M-LASEKに関する情報は、担当医の説明以外にない。彼は、1時間かけてじっくり説明してくれたし、私の質問にも丁寧に応えてくれたが、それだけでは安心できなかったのである。

 独力で答を出せなかった私は、インターネットを通じて知った平野さん、峰村さんという2人の眼科医に質問してみることにした。2人とも、近視矯正に関するウェブサイトを運営している。



 峰村さんは、抗がん剤であるマイトマイシンを近視矯正手術で使うことに驚きを示した。峰村さんによると、マイトマイシンは緑内障手術などでも使われるが、副作用で白眼がぼろぼろになることもある。峰村さんはそれでも、マイトマイシンを使うというのは「魅力的なアイデア」だと感じたが、同僚の眼科医は「大丈夫かなぁ?」という懐疑的な反応を示したという。

 一方、平野さんは、近視矯正手術にマイトマイシンを使うという海外の論文を7本見つけた。平野さんは、論文をざっと読んだ感想として「悪くはなさそうだ。ただしマイトマイシンを使う必然性はよくわからない」というコメントを寄せてくれた。

 角膜の厚さと近視の度数を考慮して「LASIKはダメ」とした延世アイセンターの医師については、平野さん、峰村さんとも、「妥当な判断と説明だ」「日本でもかなり厳格な部類に入る説明だと思う」という評価。M-LASEKについて、痛みがあることを当初から強調したことも「良心的だ」とした。



 だが、私はその後、米国のサイト”SurgicalEyes”で「失敗した時の見え方」という何枚もの写真を見つけてしまい、大きな衝撃を受けることになる。それまで見ていた日本の眼科のサイトでは「失明する危険はない」という説明ばかりだったが、SurgicalEyesに出ているような失敗だったら、失明とあまり変わらない感じだ。ただその後、こうした失敗については、きちんとした経験を持った眼科医が手術すれば、ほとんど起こらないということを知った。延世アイセンターでの手術件数や説明態度を見ると、ある程度以上の経験は積んでおり、無責任なことはしそうにないという安心感があったので、こうした失敗の可能性は無視できる範囲のリスクだと考えた。

 私が最後に見つけてしまったのは、延世アイセンターのホームページに出ていたM-LASEKに関する論文だった。M-LASEKが優れた結果をおさめたという内容なのだが、論文では「20人36眼」に対する手術結果が論じられていた。私は、M-LASEKはまだ実験段階なのだろうかと勘ぐった。論文を発表した時点よりは手術件数が増えているだろうけど、まだまだ実績と言えるようなものはないのではないか・・・。手術の予約を取ろうかと担当医に電話した時、思い切って聞いてみた。「先生、ホームページに出てる論文は36眼の結果で論じてますが、これまでに何件くらい手術したんですか」。彼は笑いながら「論文には少ない数字しか出してないけど、実際に手術をしたのは3000件以上。今のところ、問題は1件も発生してないよ」と話し、私は「それなら、手術を受けます」と答えたのだった。

手術当日と術後の経過



 手術の基本的な手順は、LASEKと同じだ。アルコールを用いて角膜上皮をはがし、そこにエキシマレーザーを照射する。私の場合、丸く切り取られた角膜上皮は完全に除去された。レーザー照射後、マイトマイシンを塗布し、その後、(たぶん)水でしっかり洗い、最後に保護用コンタクトレンズを装着する。レーザー照射後、濡れた脱脂綿のようなものが何回か目に押しあてられたので、それがマイトマイシンの塗布だったのだろう。時間的には、片目15分くらいだろうか。両目でも、30分はかからなかったと思う。

 手術中は、「レーザーの赤い点をじっと見つめていないといけない」と思いつつも、いつの間にか焦点が合わなくなっていて焦った。というか、赤い点だったはずが、小さな赤い粒がボーッと広がったように見えるようになったりして、「どこを見てればいいんだ?」という感じ。緊張して思わずつばを飲み込んで頭が動いてしまい、頭を抑えていた医師から「動かないで」と注意される場面もあった。



 手術が終わって起き上がってみると、よく見えるようになっていた。麻酔が効いているから痛みはなく、ただ「よく見えるようになってる」というだけ。初めてコンタクトをはめた時のような気分だった。病院で、抗生物質の目薬「クラビット」と、人工涙液「ヒアレイン」、毎食後に飲む錠剤を渡され、帰宅した。目薬はどちらも、参天製薬の日本製だった。クラビットは3時間おき、ヒアレインは目が乾いた時に点眼するよう指示された。洗顔やシャワーの禁止などといった注意事項は、日本と同じ。日本の体験談で見かけなかったのは、術後半年間はサングラスをかけるようにと言われたことだ。サングラスの理由は、紫外線が角膜混濁の原因になりうるというものだった。ただ、手術後は、以前よりまぶしいと感じることが多く、指示されなくてもサングラスをかけた方が楽だ。

 数時間後、麻酔が切れて痛みが出てきた。「手術の概要」に書いた通り、眼に合わないハードレンズをした時と同じ感じ。違和感というかゴロゴロするような痛みがあるのだが、目をつぶっていれば我慢できる。この日は、食事とトイレ以外は布団にくるまって寝ていた。



 翌朝、左目は良好な感じだが、右目はまだ少し痛い。今度は、ソフトレンズをしていて、目にごみが入った感じ。目を閉じていれば大丈夫だが、ずっと開けてはいられない。特に抗生物質入りの目薬をさすと、刺激されてなのか痛みが増す。午後、病院へ行って検診を受けた。視力検査などはなく、角膜の状態をチェックするだけで「異常なし」。クラビットの点眼は、毎食時+就寝前になった。この日も、通院と食事、トイレ以外は、ほぼ横になって目をつぶっていた。



 3日目。両目とも、かなり好調。クラビットをさすとしみるように痛いが、それ以外はあまり痛みがない。ただそれでも、やはり長時間にわたって目を開けているのは少しつらい。昼前に検診を受けた。前日と全く同じで「異常なし」。その後、近所のデパートに寄ったりして3時間ほど目を使ったが、痛みはそれほど感じなかった。帰宅後、1時間くらい目を閉じて休めてから、少し目を使うというリズムにしてみた。夜になってから、試しに雑誌を眺めてみると、活字にピントを合わせにくく読みづらい。でも、しばらく休んだら、それほど苦労せず読めるようになった。



 4日目。痛みは完全になくなった。午前中に検診を受け、「異常なし」。診察をした医師がいきなりピンセットで保護用コンタクトを外したので、少し驚いた。コンタクトを外した後、両目とも再び若干の違和感を覚えるが、それまであったコンタクトがなくなって、スースーするような感じにも思える。点眼薬は、消炎剤であるフルメトロン0.1(参天製薬、日本製)が追加された。クラビットと数分間の間隔をあけて、さすように指示された。順番は、どちらが先でも構わないという。

 どれくらい見えるようになったのか気になったが、「まだ視力が安定していないから意味がない」と視力検査はないまま。感覚的には、眼鏡やコンタクトで矯正した時と同じような見え方をしているので、特に文句も言わず納得した。体験談でよく見る夜間のにじみや、縦横方向へのブレもなく、見え方に問題はない。

 医師からは、パソコンや読書も無理のない範囲なら構わないと言われた。ただ、読書については「構わないけど、しばらく活字は読みづらいと思う」とのことだった。昼食後、1時間ほど横になって目をつぶって休めただけで、それ以外は目を使ったが、特に問題なし。5日目から、仕事に復帰した。



 1週間後にまた検診。道路が直線に続き、遠方に浮かぶ気球を見つめるという眼科医とメガネ店でおなじみの機械での屈折度数の検査と、眼圧検査の後、医師による診察。角膜の状態は「きれいなもんだ。何も問題ない」ということで、シャワーや洗顔、サウナ、運動など日常生活はすべてOKとなった。視力検査もしたが、左右で見え方にほとんど差がないと言ったからか、両目で測定しただけ。それも、視力表の1・0まで来たら、医師は「もう1・0まで見えてるねぇ」と言いながら検査を打ち切ってしまった。

 ちょっと不満だったが、それまでの説明を思い返すと「もう手術しちゃったんだし、視力が本当に安定するのに1カ月はかかる。途中経過の数字で一喜一憂しても意味ないよ。角膜の回復は順調で、炎症も起こしてないんだから、後は待つだけだよ」と言われているようで、左右別々にきちんと視力を測ってくれとは言えなかった。この点については、平野さんも「視力の数字に一喜一憂するのは心配の元になるからその病院の医師に賛成」との意見だった。点眼薬はこの日から、フルメトロンだけを毎食時+就寝前となった。



 10日目は日曜日だった。近所のデパートでサングラスを物色していた時、サングラスのつるに付いていたラベルが左目表面をこすってしまった。心配になったので、すぐ自宅に帰って、冷蔵庫の中に取ってあった抗生物質入り目薬を差し、昼寝して目を休めた。しばらくは何ともなかったのだが、14日目の朝、起きたら左目が痛いような気がする。見え方も、右目より明らかに落ちるようだ。あわてて病院に電話し、検査してもらったが、結果は「異常なし」。「角膜表面は、少し過敏になっているという以外、手術前とあまり変わらないまでに回復している。それほど神経質にならなくてもいい」と言われた。医師はついでのように、「きょうから就寝前の点眼はしなくていいです」という指示を付け加えた。



 1カ月後検診。左右別々に視力検査をしたが、今回もそれぞれ1・0までで打ち切り。「何も問題ありません。また1カ月後に来てね」と帰された。きょう受けた2カ月後検診も同じだった。点眼は、今まで通りフルメトロンを毎食時。手術後1カ月強の時、東京で受けた健康診断では、右1・5、左1・2だった。現在も特別な支障はないが、直射日光は以前よりまぶしく感じるので、サングラスは手放せなくなった。でも、まぶしく感じる度合いは、手術直後より弱くなっている。今後は、3カ月後、半年後、1年後に検診を受ける予定だ。機会があれば一度、峰村さんに検査してもらおうと思っているので、その検査を受けた時、体験記もアップデートすることになるだろう。


私が参考にした「めだまカフェ」以外の主なサイト


峰村健司さんの体験記—自らもLASIKを受けた眼科医、峰村健司さんの近視矯正手術体験記。
延世アイセンター。—現在は韓国語のみ。日本語版、英語版、中国語版を作る計画はあるらしい。

(03.04.12めだまカフェで作成–03.12.05レイアウト修正)

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